平成20年1月30日

 

山口地区化学工学懇話会第51回講演会

 

清酒酵母からバイオエタノール酵母へ

 

山口大学大学院医学系研究科

赤田 倫治

 

地球温暖化の「不都合な真実」が知らされて,世界にその危機感が強まってきた。もう一つの単純な真実には地球の石油は必ず枯渇するということがあるが,それほど危機感がないのが不思議でならない。最近の世界的なガソリン価格上昇も,それに伴う物価上昇も石油の枯渇に起因すると私は思っているが,なかなか真面目に話を聞いてくれないし,マスコミもまだ石油枯渇を問題にしているようにはみえない。本講演はパンやお酒の酵母菌のお話となるが,小さな酵母菌で世界を救うつもりである。今は,酒の肴のおとぎ話に聞こえるかもしれないが,新やまぐち桜酵母のお酒のつまみに子や孫の将来についても思いをめぐらせていただけたら幸いである。

 

まずは,おいしいお酒の話。

「よい清酒はよい酵母から」というのは清酒業界の合言葉であり,我々なら遺伝学的に「よい清酒はよい酵母ゲノム」から,または,「よい遺伝子」からと言い換える。よい遺伝子を手に入れてよりよく改良すればよい製品ができると考えるのが遺伝子工学である。酵母には,世界の大学で研究している研究室酵母と,お酒やパンなどの産業用酵母がある。ヒトと同じ真核生物で最初にゲノム解読が完了したのが研究室酵母菌なのであるが,この株は最も研究しやすく最先端の解析ができる。一方で,産業用酵母は扱いにくく,その遺伝子操作にはいくつもの壁があった。我々の研究室で産業用酵母独特の遺伝子操作技術をいくつか開発した。但し,最後の厚い壁である消費者の組換え食品への不安感を払拭するすべがなかなかない。清酒酵母の自由自在な遺伝子操作法を解説し,最後の壁への我々のアプローチを紹介する。その過程で組換え酵母のお酒の世界初の実用化に成功し,やまぐち県の野生桜酵母を組換えではない新しい交配法により育種し,永山本家酒造による新やまぐち桜酵母の「春色」と「花音」の製品化につながっていく。

しかし,組換え酵母の製品化は容易ではない。最後の壁を破るため,現在育種しているのがS-アデノシルメチオニンを高生産する組換え清酒酵母である。S-アデノシルメチオニンは肝臓疾患に効果があるらしい。お酒を飲むことで健康になるならば,組換え酵母のお酒も飲まれるようにならないだろうか。

 

次に,バイオエタノール酵母の話。

このように大学では珍しく,産業用酵母を扱っていると意外に研究室酵母にはない側面を発見することがわかってくる。産業的要請から基礎研究に打ち込むことの重要性も知るようになった。そこで,最近の,地球温暖化とオイルクライシスの話題となる。私が地球温暖化よりも石油の心配をしているデータを紹介する。この社会的要請がバイオエタノール酵母の研究の発端である。

この地球規模の要請の課題は単純である。最も効率よく,コストをかけず,エタノールを大量生産すればよい。お酒のように香りや味などどうでもよく,コストと効率の世界となった。この要請に従って酵母を調べていくと,現在,世界のお酒もバイオエタノールも,全てのエタノール生産,さらには基礎研究までも担っている酵母菌Saccharomyces cerevisiae(サッカロマイセス・セレビシエ)が本当に最高なのかという疑問が生じてきた。現在,タイで取得された新しい耐熱性酵母菌を扱い始めているが全く予想外の高い能力を示してくれている。この酵母が地球を救うのではと期待をかけて育てているところである。この耐熱性酵母専用のバイオエタノールプラントをすぐにでも作りたいところである。さらには,病気や生物学の基礎研究までもこの耐熱性酵母で担いたいと考えている。

古くから微生物学者に言い伝えられている言葉に,「微生物に求めれば何でも手に入る」,というのがある。抗生物質,抗がん剤やうまみ成分の味の素を微生物から得た時代からの言葉であるが,今も真実味を持ってこの言葉を信じようと思っている。