日本農芸化学会 第7回産学官若手勉強会 冬の小勉強会 in 広島

「農芸化学産学官連携:実用化・社会還元のケーススタディ」

 

酵母に学びながら応用的研究をするわけ

山口大学工学部

赤田倫治

 

 もともと理学部生物学専攻で生物学を学び始めて,大学から大学院まで,たまたま博士課程で発酵工学に身を置いたものの,基礎研究や分子生物学しかしないと考えながら研究をしていた時期がある。アメリカに留学した時も,酵母の分子遺伝学と情報伝達経路の研究を学ぶためであり,全く実用化や社会還元や,ましてや産学官連携など重視したことはなかった。それが今や,数多く産や官との連携を行っているではないか。かなり不思議な気持ちとなる。この講演を機会に,なぜ実用化・社会還元や産学官連携を行ってきたのかを振り返り,その意義について考えてみたい。

 はじめのきっかけは単純である。山口大学工学部へ来た頃には研究室には何もなかった。それまで,アメリカの大学で研究し,広島大学遺伝子実験施設で働いていたので(少なくとも設備は)何でもあるのが当たり前であった。山大工学部キャンパスは単独であり,借りに行くのも大変で,途方に暮れていた。最初のきっかけはお金が欲しくて産学官連携を始めたという,ちょっとえげつない話である。もし,当時研究費が潤沢であれば,今の研究はかなり変わっていると思うし,結果論であるが,なにもなくてよかったと今は思える。

 少々嫌々ながらに始めた実用的研究にはいくつもの展開が待っていた。それは今も続いている。研究を単純に「安く,簡単で,新しい」応用的方向性に持っていくことで徐々に周りからのサポートと結果が得られるようになった。当時毎年4月頃はその一年が借金なしに暮らせるかどうかと不安で過ごしたのを覚えている。

 実用的研究を進めていくと,そこにはお金以外に重要な価値があることを知るようになる。それは,課題の大きさである。企業現場の問題や課題は,とにかく現実的であり,それがもしかすると基礎研究では捉えられずモデル化ができない課題のように思われるのかもしれない。しかし,その課題を解こうとすることが研究のブレークスルーであり,解けないせいで多くの人が課題として扱わなくなったようなテーマがそこにあると感じるようになる。その視点で分子生物学を眺めてみると小さい問題を扱っている研究があるような気がしてくるのが不思議である。

 安く簡単にすることで得られるものは他にもある。それが発展して高校生に教えるようになった。子どもたちと学ぶことは楽しく,気付いたのは,未来を真剣に考えるようになったことである。科学は結局,豊さのためにある。未来への課題を解くというテーマが社会からみえてくる。

若い人が何を理想として,何に憧れているのかは知らないが,大きな重要なテーマはそこにある。それを解くカギが技術−農芸化学の「芸」−であり,無謀な若さにあると思う。