平成18年度の卒論と修論の解説

学部3年生のために18年度の卒論と修論を解説してみました。研究室の内容がわかるかどうかは不安ですが,少しでも参考になればと思います。これらは19年度のテーマと関連したり,しなかったりで,さらに新しいことも始めるつもりです。テーマは配属後に相談して決めます。

 これから数年はたぶん研究室が最も活発になる気がしています。ポスドク,院生,機器設備等,やっと充実してきていますし,今の研究の方向性を高いレベルへ発展させたいと願っています。それは,バイオエタノールであったり,創薬であったり,基礎生物学であったりと多岐にわたります。星田さんもドイツから3月末には帰国しますし,ポスドクも新しく予定しており,さらに卒論配属も昨年より増えるはずです。是非,この研究室を希望して欲しいと願っています。

 

I. 卒業論文

「酵母ゲノムを利用した熱耐性機構の解析」

 これを行った学生は,当初はタイからの大学院生と一緒にエタノール発酵の研究をしていた。遺伝子操作やエタノールや糖の測定実験もやり,いくつかのデータも出ていたが,新しいこともやりたがったので,熱ショック応答のテーマを提案すると,喜んで始めてくれた。4000株以上の熱ショック感受性破壊株スクリーニングはかなり大変な実験だか,楽しそうにやっていたように思う。夜遅くまでディスカッションすることも多々あり,出てきた結果の解釈が既存の考えとは違うのではないかと考え始めた。仮説とその実験結果にゾクゾクとする感覚を持った仕事であった。今後のテーマとして大きな種をまいた研究である。

 

cAMP依存性プロテインキナーゼをコードするTPK3遺伝子のゲノムワイド解析」

 cAMP依存性プロテインキナーゼの重要性は生物学をやっている人には説明するまでもないぐらい重要である。酵母から人まで保存されていて,様々な疾患の原因ともなり,細胞の調節を担っている。そのタンパク質が何をやっているかを完全に明らかにするというプロジェクトで,私たちの研究室で開発した形質転換試薬を使ってのゲノムワイド解析を行った。ゲノムワイド解析はいつも適当な仕事では終らない。データがきれいではないという厳しい指摘を最後の最後にされて,研究結果をちゃんと出すということの難しさを感じてくれたと思う。19年度に,完成されたよい結果と更なる発展を期待している。

 

「細胞骨格を制御するプロテインキナーゼPRK1のゲノムワイド解析」

 当初は有用タンパク質生産に対する転写ターミネータの影響がテーマで,秋ぐらいまでやっていたが,よい結果が得られなかった。サイドワークとして頼んでいたプロテインキナーゼのゲノムワイド解析を最終的に始めて,正月ぐらいからかなりのハードワークをこなし,1stスクリーニングを終えてくれた。この結果と上記のcAMP依存性プロテインキナーゼなどを加え細胞機能調節のキナーゼ群のゲノムワイド解析を一手に展開してみたいという夢がある。そうすれば,我々の研究室でしか出せないキナーゼパスウェイマップが作成でき,生物を知る上での重要な知見を発信することができる。

 

「外来タンパク質を高発現する酵母遺伝子破壊株の解析」

 実験への集中や技術が優秀で,大量の仕事をいつの間にか終えていることによく驚かされた。通常の4年生ならこの程度だろうと思って相談してみると大抵私の予想以上の結果を持っていた。しかし,研究は甘くはなく,面白い結果はなかなか出て来なかった。しかし,さすが大量の実験をやるだけあって,ある実験が不思議な結果を生んでいた。いままでかなり発現が悪いので四苦八苦していたラッカーゼの発現が非常によい場合があることを示す結果であった。実験結果はまだ単純で,今後,いろいろと確かめたり調べたりしなければならないが,この結果を持ったというだけでも充分すごい。大量の実験が生んだちょっとした奇跡,または,ラッキーかも。でも,これからが重要。

 

「酵母菌を用いたYersinia病原性因子YpkAの解析」

 Yersinia病原菌の毒素には強力なものがいくつかあり,いままでに,YopE, YopM, および,YpkAを扱ってきた。昨年卒業した修士の学生がゲノムワイド解析を終え,YpkAに耐性となる遺伝子を見つけていた。YpkAは細胞の形態形成に関わるキナーゼであるといわれており,それに関連する遺伝子群が見つかるものと思っていたが,予想に反して,転写関連の遺伝子群が多く取れてきた。YpkAを過剰発現するために転写誘導を利用するので,転写関連遺伝子の解析は避けたい気持ちもあり,転写誘導能の詳細な解析が必要であった。蛍光顕微鏡を使ったYpkA発現の時間的空間的発現経過を数多くの破壊株で調べてくれた。もし転写とYpkAの関連が本当なら,YpkAの機能は既存の常識とは違うと考えなければならない。

 

Campylobacter病原因子CdtBが引き起こすDNA損傷に対する修復機構の解析」

 本人はこの卒論を始めたときにこの研究の重要性,意味,内容など,たぶんさっぱりわからなかったと思う。但し,どの卒論もそうだが,卒論発表の時期には自分の実験の意義や価値,そして結果についてはっきりしたビィジョンを持っている。西日本のイースト研究者が集うワークショップで彼の発表が賞をとったが,本人もまだ不思議であったろう。しかし,受賞インタビューではちゃんとウケを獲ったので教育は間違ってはいない。この仕事の価値を説明するには紙面が足りないが,大きな世界に出て行けるテーマであると私は思っている。

 

II. 修士論文

 修士の仕事はかなり大きく解説するのが大変なので,彼らの様子を一言ずつ記しておきます。

 

「エタノール発酵を制御する遺伝子と因子の同定」

 究極の発酵と発酵の原点を突き詰めた秀作。最後に,あるファクターを取れなかったのが悔やまれるが,きれいな仕事でした。誰よりも多い実験量をこなしたのではないかな。

 

「タンパク質生産量に関連する遺伝子の探索と解析

 ゲノムワイド解析から遺伝子の解析まで,スムーズにうまく進んだがその後の難しさにつまずいた感がある。研究の壁はいろんなところにあり,何が壁となるかもわからないことが多い。なんとか壁を突き破れたらそれがブレークスルーとなる。

 

「酵母における高発現プロモーターの探索と解析

 長い長い低迷の時期が1年半ぐらいあったかもしれない。他の研究室で卒論,大学院から私の研究室に所属し,新しい研究がうまくいかなかったので苦しんだのではと想像するが,最後の半年間ぐらいの研究は素晴らしいの一言。プロモーターに新しい考え方を加えるはず。こんな研究をやってくれるから私は科学がやめられなくなる。

 

「酵母を用いたヒトチロシンキナーゼ阻害剤の探索」

 要領はよくないし,失敗もいっぱいするのだが,決してあきらめず,こつこつ仕事を積み上げていく努力の賜物がこの結果。うまくやったり,早くやったりすることだけが能力ではない。修論発表が終ってからもこつこつと実験をやってくれて最後に残した実験結果に夢をみさせてもらいます。

 

「酵母におけるストレス耐性遺伝子の探索と解析」

 実験もできる,要領もいい,体力もある,でも考えが足らないと叱られながら成長していったと思う。アポトーシスBaxの仕事の行き詰まりから,熱ストレスの仕事へM2の途中でシフトしたけどそれもやり切り,もう一度,Baxの仕事へも考えをもどすこともでき,研究は本当に一本道ではないことを一緒に感じました。もちろん,この結果を元に,Baxも熱ストレスもやり続けるけど,Baxの機能解析が新発見となればいいのだが。

 

 

III. 研究室の考え方

 研究室で何が一番大事なのかと考えてきました。結論は,単純で,学生の皆がこの研究室が楽しいと感じて,仲間を大事にして,正直に本当のことを話して,信頼して,ボケてツッこんで,悩んで,叱って叱られて,そして,卒業してから,ちょっと寄ってみようと思ったり,一言連絡いれたり,慰問に来たり,お酒を送ったり,キャンプに来たり,OB会で騒いだりと,研究室を核として大事な人の繋がりを作ることがもっとも大事なことだということが結論です。

 さらに,いい研究をやることがその人を成長させると信じていて,これを疑ったことがありません。しかも,研究は甘くない。だから,研究を大事にすると,そこには必ず厳しさがあります。

 スタッフ一同,新しい卒論生が次の時代を築いてくれると心待ちにしています。